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東京地方裁判所 昭和33年(行)19号 判決 1961年12月27日

判  決

東京都中央区銀座四丁目三番地

原告

王子造林株式会社

右代表者代表取締役

大島小謹吾

右訴訟代理人弁護士

丁野暁春

小川保男

右訴訟復代理人弁護士

山本治雄

東京都千代田区霞ケ関一丁目

被告

農林大臣

河野一郎

右指定代理人農林事務官

吉川正夫

田中宏尚

湯村正三郎

右訴訟代理人弁護士

難波理平

右当事者間の昭和三三年(行)第一九号訴願取消請求事件について当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告が別紙物件目録記載の各土地(ただし買収目録記載部分)の未墾地買収処分に対し昭和三一年七月一七日及び同年九月二九日にそれぞれした訴願につき被告が昭和三二年一二月二一日三一農地第四九五七号をもつてした右各訴願を棄却する旨の裁決はこれを取り消す。

青森県知事が別紙物件目録記載第一の物件(ただし買収欄記載部分)につき昭和三一年五月二五日三一青(未)第一一号の二をもつてした未墾地買収処分及び同目録記載第二の物件(ただし買収欄記載部分)につき同年九月一〇日三一青(未)第一七号をもつてした未墾地買収処分は、いずれもこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被告指定代理人及び訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因及び被告の答弁に対する陳述

一、別紙物件目録記載第一、第二の物件のうち買収面積欄記載の部分(以下これを第一物件、第二物件といい、またこれをあわせて本件山林又は本件土地という)合計二五七町一九三四は、原告所有の青森県上北郡甲地村字大平所在の山林五一三町歩(俗に大平山林とよばれる。)の一部であるが青森県知事は第一物件については昭和三一年五月二五日、第二物件については同年九月一〇日それぞれ農地法第四四条に基き買収処分をした(以下本件買収処分という)。原告は第一物件の買収処分に対しては同年七月一七日、第二物件の買収処分に対しては同年九月二九日それぞれ被告に対し訴願をし、右各買収処分の取消しを求めたところ、被告は昭和三二年一二月二一日三一農地第四、九五七号をもつて、原告の各訴願を棄却するとの裁決をし、該裁決は昭和三三年二月五日原告に送達された。

二、しかし本件買収処分は次の理由により違法であり、これを維持した被告の訴願裁決もまた違法といわなければならない。

(一)  農地法第四四条は憲法第二九条に違反し無効である。憲法第二九条第一項は私有財産権尊重の大原則を宣言し、ただその第三項において、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。」と定めている。すなわち所有権は「公共のため」にのみ強制買収ができるのであつて、「公共のため」でなければ法律をもつてしてもまた正当な補償によつてもこれを強制買収することはできないものであるところ、同項にいわゆる「公共のために用いる」というのは「公共の福祉のため」というよりは狭い観念であつて、買収した土地を特定の小作人に交付するごときは右にいう公共のために用いるものとはいい難いから、農地法第四四条に基く未墾地買収は公共性を欠き同条は違憲といわなければならない。

(二)  仮りに憲法第二九条第三項にいう「公共のため」を広く解し、戦後における緊急失業対策と食糧増産という二つの国家的要請をもつて、未墾地買収の公共性を裏付けるに足るものと認めるとしても、がんらい右にいわゆる公共性は、その時々における社会全般の事態を願慮して判定しなければならないところ、上記のごとき二つの国家的要請は終戦後数年を経たのちには解消し、本件買収処分の行なわれた昭和三一年当時には、右のごとき公共性を裏付ける事由はもはや存在しないのである。すなわち、昭和二五年の朝鮮動乱を契機とし、我国の工業はいちじるしく回復し発展したから、失業救済は開拓によるよりもはるかに効果的になしうるにいたつたので、昭和三一年当時すでに開拓による失業救済の必要は全く存在せず、また食糧も国内で非常に増産されるようになつたのみならず、世界的食糧過剰の傾向にともない、むしろ我国は外国から食糧を輸入しなければ工業製品の輸出の伸展をはかることができない立場に置かれるにいたり、開拓による食糧増産ないし自給もまた必要性を失つたのである。

これに対し人口の増加と生活の向上により衣食住の三つにわたる広般な用途をもつ木材の需要はますます増加し、来るべき時代は木材時代だとさえいわれている。ところが世界の木材はいずれも過伐によつて苦しんでおり、我国の山林も戦後の過伐によつて荒廃し、昭和五〇年から昭和六〇年にはその危機が現われるといわれている。今やこれを乗りこえるため、あらゆる非常手段を講ぜねばならない段階にあり、国土緑地森林資源の造成は一大国策として推進されなければならない。このように森林資源は世界的に不足であるのに、開拓の目的とする食糧は世界的に過剰であり、我国は外国からの食糧の輸入を断るに苦慮している有様である。他方食糧増産と人口吸収を至上命令とする当初の開拓政策は、国費の莫大な投入にも拘らず明らかに失敗に帰した。このことは、農林省農地局自身の調査による昭和二〇年度から昭和三一年度までの間における未墾土地買収面積一四六万町歩に対し、開墾して耕地となつたものがそのわずか一八パーセントの二八八万町歩にすぎず、入植農家一九九万戸のうち二五パーセントの五二万戸が離脱しているという数字によつて明白に示されている。かかる開拓政策は、我国においては経済ベースに乗るところは、すでに開拓しつくされているという厳然たる事実に基くのである。とくに米作以外の農業形態は不安定で、とうてい国際競争場裡に立つことができないのである。したがつて引揚者の就職と食糧問題の解決した今日開拓至上主義は当然放棄さるべきである。このような経済的社会的背景下において貴重な山林を伐採して貧農を作るために未墾地を買収することは、明らかに公益性を欠き、この点からも農地法第四四条は憲法第二九条第三項に違反するものといわなければならない。

(三)  未墾地買収の必要性はないから、農地法第四四条に基き未墾地の買収をすることはできない。すなわち、仮りに農地法第四四条が違憲でないとしても、同条は「自作農を創設し、又は自作農の経営を安定させるため必要があるときは」と定めているところ、現在国は過去において買収した未墾地五五万町歩そのまま保有しているから、同条にいわゆる自作農の創設又はその経営を安定せしめるためには先ずもつて右国有未墾地をこれに当てるべきであり、あらたに買収すべき必要性は存しない。前記のように戦後未墾地買収面積の累計は、一四六万町歩(国有地所属替を含む)に達するが、そのうち国は五五万町歩の売渡未墾地を保有している。右は買収面積の約四〇パーセントに当り、戦後入植農家によつて造成された耕地全面積(二八万八千町歩)の約二倍に当り、我国全耕地面積の一割に近い大面積である。そして右売渡未済地は、いずれも今日開拓もされないまま十年以上も放置されているのである。従つてかように広大な未墾地が存在する以上、あらたに山林を買収する必要性はどこにもないといわなければならない。

(四)  本件山林の一部は農地法第四四条第一項第一号にいう防風林として利用する必要がある土地として買収されるのであるが、もし耕地のために防風林が必要ならば森林法に基き防風林に指定し(同法第二五条)、その施業方法を制限すれば足りるのであつて(同法第三四条、第三八条)、その所有権までも剥奪する必要は全くない。故に防風林としての山林の買収は憲法第二九条に違反するものといわなければならない。

(五)  本件買収処分は、農地法第四四条第一項第一号及び同条第二項の要件を欠くから違法である。

A 本件山林は、自然的条件からみて開拓に適しない。

まず、開拓地の基準を定める農地法施行令第四条及び開拓適地選定基準(昭和二八年農林次官通達)は、いずれも終戦直後の開拓至上主義に基き、開墾が困難でもいやしくも開墾が可能な土地は全部開拓しようという建前に立つもので、林業の立場は不当に軽視されているから、それ自体憲法第二九条の精神に即応しないものであり、無効である。したがつて仮りに本件山林が右に該当するものであるとしてもそれによつて当然に法第四四条にいう開拓適地としてこれを適法視することはできない。而して本件大平山林を含む上北地方は、太平洋から吹き寄せるすさまじいやませ風(偏東風)、青森湾から吹きつける、北風、冬期における西北風が縦横に吹き荒れるため、今から三、四〇年前までは雑草しか生育しない満目荒寥たる水なき原野であつた。右やませは霧を含み日光をさえぎり冷気の原因をなし、このため五年に一度は冷害に見舞われる。また冬から春にかけて吹く西風のため地に蒔いた種子は地上に止まることができない。さらに現在ですら水が不足しているのであるから、六千町歩に及ぶ土地を機械開墾すれば、一滴の水もなき昔の荒野と化すことは明らかであり、植入者の飲水すら得られないようになる。またこの地方は、寒冷の地であるから、日光の弱い北傾斜地は農耕に適せず、少なくとも南傾斜地でなければ作物は生育しえないのに本件山林は大体西傾斜面が多く南傾斜面が非常に少い。これらの点を総合すると、本件土地は、その自然的条件においても農耕地とくに大規模の機械開墾地としては不適当といわなければならない。

B 仮りに本件山林が開拓に適する土地であるとしても、これを農業のために、利用することは国土資源の利用に関する総合的見地から適当とはいえない。

前記のとおり、山林所有者から山林を強制的に買収し農民に与えること自体強い公共性がないから、これが買収は、林業を止めさせて農地に対することが国土資源の利用に関する総合的見地からいちじるしく有利である場合に限られるものと解すべきものであるが、本件山林の開拓は次の理由により国土資源の利用上かえつて不利である。すなわち本件大平山林は、もと青森県上北郡野辺地町の素封家野村某の所有であつたものを原告が昭和一三年買収し、当時松、檜、サワラ、カラマツ等の若干の未利用造林地が点在し、形質不良のアカマツが散在するほかその大部分が極端に荒廃した荒地であつたものを、原告会社野辺地事業所長であり、造林の神といわれた故高橋秋雄が一〇余年にわたる辛苦の結果アカマツの造林に成功し、今日の美事な山林を形成するにいたつたものであつて、それは以下に述べるように貴重な価値と効用を有し、これを買収開拓して耕地とすることは、きわめて大きな不利益を与えるものである。

(1) まず、本件山林は類まれなる試験林である。

本件山林において現在までに原告が実施せる試験の主なものは次のとおりである。

イ アカマツ播種造林、一年生苗木造林、二年生苗木造林の成長比較試験。右は昭和一三年開始せられたもので、マツ類試験としては古いものである。

ロ アカマツ雪害調査。積雪深き上地地方においては、造林木の成長するにつれて必然的に生じた試験である。

ハ アカマツ除間伐開始期試験。アカマツ林は幼時、密植させて上長成長を促がし、ある時期に達してから除伐を行い、肥大成長を促すべきものであるが、その除伐の時期については未だ研究されたものがない。本件山林にはいろいろの年度の造林地があるので、昭和二七年一〇月には一五年生、昭和二九年一〇月には一七年生、昭和三一年一〇月には一九年生の各除伐を行つてその成長を比較することにより正しい除伐時期を研究している。

ニ アカマツ施肥試験。終戦後特にいちじるしくなつた木材の需給のアンバランスを木材の成長促進によつて是正するため林地肥培を研究するものである。

ホ 成長の早い伊太利ポプラ、有名な国産ポプラが東地北方の造林に適するか否かの試験。

しかして、原告が本件山林において実施している試験は、いずれもアカマツ林経営上重要なもので、これにアカマツの間伐試験を加えれば、アカマツの植栽から除伐、間伐まで一切の試験が整備され、その成果は直ちに大平山林全体の事業に応用することができるものである。

そして本件山林は、(一)地形の変化か比較的少いこと、(これは林学研究上きわめて重要な条件であるが、かかる条件を備えて適地を求めることは非常に困難である。(二)アカマツの播種、一年生苗、二年生苗植栽の三種の人工林と天然更新林が大面積にわたつて存在するからアカマツの試験をするのに好適であること、(三)気象条件が森林に及ぼす影響や森林が整備されていくにつれ環境がどのように変化していくかを研究するのに絶好であること、(四)本件山林は原告が購入してからの収支関係が正確に記録されているので、林業の経営経済的研究をするのに適していること、(五)パルプ企業の立場から産業備林としての経営研究ができること、(六)本件山林は東北本線千曳駅に近く視察に便利であり、研究した技術の普及宣伝の効果を発揮しやすいこと等の諸事実から一流の試験適地であり、試験林として容易に得難いものであることが一般に認められており、本件山林が重要な試験林であることは明らかである。もつとも、一の試験区として必要な土地は一町歩あるいは数反歩で足りる場合が多いが、同一試験区を幾つか設け、また繰返しを必要とするから、全体の面積としては広大なものが必要であるのみならず、試験区の周辺の山林の樹木が伐採され、面積が狭められると正確な試験を行うことができなくなるし、また後述のように経済的実験林としては少くとも五〇〇町歩ぐらいの単独施業案で経営してその収支を明らかにしなければその効果はないのであるから、試験林として本件山林を含む大平山林五〇〇町歩は最小限度の要求である。

(2) 本件山林は特殊優良樹林である。本件山林は前述のとおり風衡荒廃の原野に多年苦心して造林したアカマツを主体とする美林であり、その区域内には青森県指定の精英樹が存在する。そして本件大平山林中今次買収から除外された部分には、林業種苗法第三条の規定によつて、昭和三三年一〇月三〇日附青森県告示第六五〇号により指定されたアカマツ母樹林(二七四本)がある。右は買収除外地にあり、本件山林中にはないから、開拓適地選定基準第八の(二)所定の母樹林としての除外の場合には直接には該当しない。しかし右母樹林と本件山林とは同一山林であつて、地況林相共に同一であるから、もし本件買収が行なわれないなら本件山林もまた当然そのうちに母樹林として規定せられるものがあり、買収から除外されたはずの山林であり、しかも今なお生長を続け将来の大をなすべく約束されているものであるから、これをもつて開拓適地選定基準第八(一)にいわゆる特殊優良樹林と解してさしつかえない。もつとも右基準に定める特殊優良樹林の定義はきわめて狭いから、本件山林は形式的にはこれにあてはまらないように見える。しかしかくてはとうてい憲法第二九条の精神を反映するものとはいい難いのであるから、ここにいう特殊優良樹林とはたんに現状において巨樹名木よりなる山林であるというだけでなく、その素質、経歴と将来性から総合判定を下すべきものであつて、右に述べたような山林こそは、まさに特殊優良樹林として保存すべきものである。

(3) 本件山林は我国唯一ともいうべき経済林としての実験林である。

本件山林を含む大平山林については、原告がこれを購入してからは年々の収支関係が正確に記録されており、また単独施業案で経営するから林業経営の効果について確実な資料が出せるものである。林業の経済効果の研究は重要なことであるが、収支関係の明確な森林は案外少いので、本件山林の記録価値は相当高い。のみならず、パルプ会社の備林であるから、企業の立場で産業備林としての経営研究、たとえば産業備林としての経営計画の樹立、パルプ用材の適正伐採期の検討などの研究を行う場として好適のものである。

(4) 本件山林はいずれも伐採期以前の幼壮令林で、年々その成長量は増加の一途をたどりつつあるものである。元来本州南部、四国、九州の暖地の樹木は、幼令において成果が果く、比較的早く成長が衰えるから早く伐採期に達するのであるが、青森県の如き寒冷地の樹木は、幼令林時代は成長が遅く成長量も少いが、長い準備期間を経て、漸く成長量が大きくなるものである。本件山林もまさに後者に属し、長い準備時代を終つて、これから本格的成長を示す状態にあるのであるから、現在伐採して開拓することは、これまでの努力と投資から期待される経済効果の大きな部分を失う結果となり、土地利用ないし国家経済的見地からみてまことに不経済といわなければならない。

(5) 本件買収は造林思想に悪影響を及ぼす。

本件山林は、前記のように、造林の神とまでいわれる故高橋秋雄が半生を捧げつくして漸く成林した由緒ある山であり、アカマツ造林の画期的成功の故に天下に有名な山である。この山林を機械開拓の名において買収することは、全国山林業者に一大衡撃を与え、国土緑化思想に重大な悪影響を及ぼすことは必定である。

元来造林事業は長年月の努力と長期の資金固定を必要とするから、造林思想はなかなか普及しないものである。しかるに戦中戦後の過伐濫伐によつて我国の山林は荒廃し、年々洪水の大災害をこうむつたばかりでなく、将来の森林資源の保存までも憂慮されるにいたつたので政府は近年莫大な国費を投じて国土緑化思想の普及につとめる一方、多額の造林補助金、政府資金の造林貸付を行い、ようやく今日の造林思想の普及をみたのであり、原告もまたこの国策にそつて大平山林の撫育につとめて来たものであるところ、これが開拓の名において買収された伐採されることになれば、原告の造林思想は国によつて見事に裏切られることとなるのは勿論、全国民の愛林思想にとり返しのつかない悪影響を及ぼすものといわなければならない。

(6) 本件山林は地元の概存農家に多大の便宜を与えている。

イ 本件山林は、二十数町歩の水田の水源を涵養している。本件山林の北西にある甲地村湯沢地区の水田はもつぱら大平山林を水源として灌漑用水を得ており、今次買収対象となつた本件山林は大平山林中でも尾根すじに当る部分であるから、これを開墾すればその水源を枯渇させることは必至である。

ロ 本件山林は防風的機能をもち、附近の田畑及び山林を保護している。上北機械開墾のため本件山林の周辺特に東側においては、立木が伐採されたため、造林をしてもなかなか育ちにくくなつた。そのため本件山林の必要性はいよいよ増大し、もしこれを伐採すれば、この地方の農耕、再造林は非常に困難となる。

ハ 地元民の労働力吸収。原告は地元民を本件山林につき、造林、下刈、開伐、除伐運材等の労務に使用しており、地元民に副業的収入を与えており、その金額は過去七ケ年を平均して年額百二三十万円に達し、将来本格的伐採期に入ればその額は飛躍的に増大する。

ニ 薪伐の供給。本格山林においては年々二千石以上の末木枝条等を無償で地元民に与えておるが、上北機械開墾により将来附近六千町歩が開拓され尽せば地元民が薪炭材に非常に困ることになるのは必定である。

ホ 採草放牧。本件山林は地元民にとつてかけがえのない採草地であり、林内放牧にも多大の便益を与えて来たものである。

以上のような価値と効用をもつ本件山林を買収しこれを開拓することは、これらの価値、効用を一挙にして失わしめ、有形無形の測りしれない損失をもたらすものであるに対し、これが開拓によつて得られる利益はどうかというに、前記のようにこの地方はやませと強い西風のため自然的条件はきわめて悪く、各種営農中最も安定しているといわれる水田経営はほとんど期待することができず、仮りに酪農を加味した畑作農業が行なわれ得るにしても、牧畜には多大の面積を必要とし、それは必ずしも土地の利用の高度化とはならないのみならず、政府からの莫大な助成金の返還その他の負債を考えると、国際競争場裡において廃存農家すら経営に困難を感じている今日、右のごとき不利益な条件下における新開拓民がこれによつて安定した農業経営を得ることを期待することはできないのである。このような次第で、現在成長途上にある美林を伐つて、将来、何年かの後には立派な木材も産出できる期待利益をすべて犠牲にして、多額の費用を投入しようやく営農が成立したとしても、それが経済的見地に立つて土地利用上有利だとはとうていいうことができない。以上の理由から、本件山林は林地として存置すべきであつて、これを農業のため利用することは、国土利用の総合的見地から適当でないことが明らかである。

(六)  本件買収価格は買収当時の時価の十分の一以下に当り、憲法第二九条にいわゆる正当な補償ではないから、この点からも本件買収処分は無効である。すなわち、本件山林の買収価格は合計二一三万八、〇三三円であるから、一反歩の買収価格は八三二円であるところ、日本勧業銀行の山林素地価格調によれば、買収当時たる昭和三一年における青森県用材林の素地価格は、一反当り九、〇一五円であるから、これによつても本件買収価格は時価の十分の一以下である。しかも本件山林は地利及び地形からみて、時価は右平均時価よりもはるかに高いから、補償額は時価の十分の一よりもさらに少いものといわなければならない。

ところで財産権不可侵の原則から、公共の福祉のために特定の個人の財産を収用することはやむを得ない例外の場合であるから、せめて経済上の点だけでもその個人に損害をかけないようにすることは当然のことであつて、憲法第二九条第三項の「正当な補償」とはこのことを表明したもの、すなわち「安全な補償」を意味するものといわなければならない。そして完全な補償とは損害をかけないことである以上、収用財産が一般市場において客観的にもつ経済価値、すなわちその財産の一般的有用能力によつて定まる一般的交換価格(一般的取引価格)を意味するものといわなければならない。

仮りに「正当な補償」は「相当な補償」すなわち諸般の事情を考慮して相当と認められる価格の補償を意味すると解しても、多くの場合「完全な補償」が「相当な補償」に当るのであつて、「相当な補償」は常に「完全な補償」より低いということはありえない。ただ財産権の内容に対して公共の福祉に適合するように法律により一般的制限を加え、これによつて価格が客観的に低下した場合には、その額を補償することをもつて足るのであるが、本件山林には、価格の低下をもたらすなんらの法的制限がないから、買収当時の一般的取引価格を補償すべきである。

また正当な補償が、補償を与える当時の社会通念に照し客観的に公正妥当な価格を意味するものであるとしても、食糧問題、失業救済の問題が解決された本件買収当時において、時価の十分の一以下という価格をもつてする買収は、右にいう公正妥当な価格でないことも明らかである。

(七)  本件買収処分は信義誠実の原則に反するから違法である。はじめ国は昭和二二年原告が大平山林の附近狩場沢において所有する山林のうち一二六町歩を未墾地として買収したが、さらに昭和二五年原告所有の大平山林の一部山林一二八町歩、農地二五町歩(被告のいう第一大平地区)を買収したものである。右第一大平地区の買収にさいし原告は青森県当局との間に、本件山林を含む残余の大平山林約五〇〇町歩は試験林として必要であるから残し、再び買収はしない旨の約束を結んだ。原告は、右約束を信じたが故に、大平山林一二八町歩の買収処分に対しても不服の申立をせず、一方残余の五〇〇町歩については、毎年多額の費用を投入してその経営に当り、かつ試験林として諸種の試験を継続して来たものである。もし右大平山林に対する第一回の買収後数年を出ずして残部が再買収されるかも知れないことを知つていたならば、原告は莫大な資金を投じて造林撫育に努力することはしなかつたであろう。国家行政についても私人間におけると同様、いなこれにもまして信義誠実の原則が妥当するものであるが、国がいつたんした前記約束を無視し、再び本件山林を買収せんとすることは、右の約束を信じて生活関係を築きあげた原告及び周囲の多数の者に精神上物質上如何に重大なる損害が発生しても一切意に介せずとするものであり、これが信義誠実の原則に反することは明らかである。よつてこの点からも本件買収処分は違法である。

(八)  本件買収処分は、国家行政の統一性の原則に反するから、違法というべきである。国の法規は、必ずや相寄り相たすけて、相互に矛盾撞着することなく、もつて同一の法理念を実現できるように統一的に立法され、行政せられ、また司法されることを予定しているものと解すべきであつて、もし然らずとすれば、国民は時と場合により不平等不安定の取扱をうけることとなり、人間尊重を前提とする自由、正義、又は秩序の擁護という如き窮極の法理念は実現されないこととなる。本件において、造林の保護奨励は、一貫せる国是国策であることは公知の事実であり、原告は右国策の一貫不変を信じたるが故に、寒冷不毛の荒野に二十余年に及ぶ惨苦にみちた献身努力を費しようやく本件山林を造成したものである。造林国策を廃棄し、農耕一本とするというのならばともかく、造林国策はこれを堅持し、依然として造林補助金等国費を投じて一方にこれを勧奨しながら、従前の国策遵奉者の努力の成果を破棄するとなつては、まさに国民を愚弄するものであつて、とうてい正義と秩序を実現することにはならないのである。このように、本件買収処分は国家行政は統一的になさるべしとの原則にいちじるしく違反し、違法といわなければならない。

第三、被告の答弁及び主張

一、(一)原告主張の第二の一の事実は認める。

(二) 第二の二の(七)中国が昭和二五年原告所有の大平山林の一部山林一二八町歩、農地二五町歩を買収したことは認めるが、その余の主張は争う。

二、本件買収処分は、次の理由により適法であり、これを維持した被告の訴願裁決にもなんら違法の点はない。

(一)  農地法第四四条は憲法第二九条に違反しない。

農地法による未墾地の買収及び売渡は、政府が国土資源の合理的利用開発の見地から、山林その他の開発して農地とすることが適当な土地等を買収し、これを自作農として農業に精進する見込のある者のうちから適当と認められる者を選定してこれに売り渡すことによつて自作農を備設し、又は既存自作農の零細経営を拡大し、経営合理化の基礎とし、開墾による造成農地に健全な自作農を育成しようとするとするものであつて、単なる終戦後の異常な窮迫した食糧事情対策及び復員、海外引揚等に伴う失業救済の手段としての開墾だけを目的としているものではない。そして右事業の終局の目的は、特定の耕作者の利益を図ることにあるのではなく、直接には「耕作者みずからの農地を取得することを促進」することを目的とし、さらにこのことによつて「その地位の安定と農業生産力の増進を実現するものであることは農地法の規定によりたやすく認め得るところであり、同法による事業であることは明らかであるから、同法による未墾地の買収及び売渡は、憲法第二九条第三項にいわゆる「公共のために私有財産を用いる」ものであることは明らかである。

原告は林業と比較した場合、我国において未墾地開発事業を行うべき必要性は消滅したと主張する。しかし、開拓事業を推進する国民経済の要請はなお根強いものがあるといわなければならない。すなわち、第一に国民経済に対する人口圧力が依然として大きい現在、農業による人口収容力の増大が開拓事業推進の原因の一であることはいうまでもないし、第二に多数の人口をかかえ、かつ国土利用率の低い我国の現状からみて農業開発は経済活動拡大の第一歩としてその必要性が認められ、第三に我国は現に多量の食糧を外国から輸入しているが、今後も人口の自然増等から食糧需要増加は当然予想され、食糧の輸入依存度はますます高くなるから、国内の食糧自給度を向上し、正常な輸出体制を確立する点からも農業開発は行なわなければならず、また総人口の四割をこえる農民に生産と生活の安定向上をはかる意味においても開拓事業は推進されなければならない。

このように、未墾地開拓事業の必要性は消滅するどころか、より科学的なより進歩した形態においてますますこれを推進する必要性を加えているのであつて、原告の右主張は理由がない。

(二)  未墾地買収の必要性がないとの主張も理由がない。

国が開墾事業を実施するため買収した土地で、建設工事や入植を行つていないものは昭和三二年度において約二六万町歩存在するが、すでに述べたとおり未墾地開拓の必要性が認められる以上、国が買収保有している未墾地が他にあるからといつて本件買収処分が違法となるものではない。

(三)  原告は防風林にするため土地を買収することは憲法第二九条に違反すると主張する。

しかし、農地の利用と密接な関係にある防風林は農業経営上必要であるから、農地予定地の買収に附帯して、防風林として利用する必要がある土地を買収することは、まさに自作農の創設またはその経営の安定に資するものというべきであり、なんら憲法第二九条に違反するものではない。

(四)  本件買収処分は農地法第四四条に違反するものではない。

A 本件山林は自然的条件からみて開拓適地である。

原告は、農地法施行令第四条及び開拓適地選定基準は憲法第二九条に違反し無効であると主張するが、右主張は前記のように開拓事業の必要性についての誤つた見解に基づく主張であるから、その理由がないことは明らかである。

ところで、本件山林は、国鉄、東北本線干曳駅から一粁ないし二粁の距離にある標高二五ないし八六米の植壌土から成る台地であるが、本件山林のうち、一二二町歩は開拓適地選定基準第七の所謂二級地、九八町二反歩は三級地、三七町歩は四級地と認められる。またこの地方の気候は、五月から九月までの月平均気温一九、八度、年間降雨量一、四六六ミリメートル、無霜期間一五二日、根雪日数一三七日であり、飲水の心配などは全くないから、本件山林はいずれも農地法第四四条第一項一号、農地法施行令第四条、第五条に該当し、自然的条件において開拓に適する土地といわなければならない。

B 本件山林を農業のために利用することは国土資源の利用に関する総合的見地からみても適当である。

原告は農地法第四四条に基く山林の買収においては山林をそのまま継続するよりも農地にした方がいちじるしく有利な場合にのみ許されると主張するが、これは末墾地買収制度の本質を誤つた不当な議論であり、未墾地買収においては、一定の開拓適性に関する技術的な条件を具備し、かつ国土資源の利用に関する総合的見地から農業に利用するのが適当であれば足りるのである。そこでこの見地から本件買収の場合について検討するに、

(1) 本件山林は重要な試験林ではない。すなわち、原告が主張する試験は、普通の山林所得者がする撫育の方法と異なる点はなく、青森県開拓審議会の現地調査の報告からみても、特に林業振興上重要な試験を行う山林とは認めがない。仮りに本件山林で林業試験が行なわれていたとしても、それは本件山林の全部についてではなく、その一部約三町一反歩について実施されていたにすぎないから、本件山林全体を目して重要な試験林とはいい難い。また仮りに右試験が本件山林の全部について行なわれていたとしても、その成果の利用される対象は、大平山林自体にすぎないから、試験としての価値は少いものといわなければならない。また原告は北海道に広大な山林を所有し、そこに研究機関を設けているのであるから、必要とあらば右山林に試験地を設けることも可能であり、本件山林を代替性のない唯一の試験研究地として維持しなければならない理由は全く存しない。のみならず国は国立林業試験場青森支場管内に六二カ所の試験地(青森県内に三二カ所)を設け、原告の主張する試験よりも、はるかに広汎徹底的な試験を行つているから、右国の行つている試験は原告の試験に十分代替することができ、この点からも本件山林を試験林として存置する必要はないものといわなければならない。

(2) 本件山林は、特段の価値をもつ特殊優良樹林または利用上他にかけがえのない優良林とはとうていいいえない。

(3) 我国唯一の経済林とは認められない。すなわち、原告のいうような収支関係の記録はどのような林業経営者でも記録として残すものであり、この程度の資料であれば全国各地から多数集収することができるから、本件山林が我国唯一の経済林であるとはとうてい認められない。

(4) 本件買収はなんら造林思想に悪影響を及ぼすものではない。すなわち、農地法は未墾地の買収及び売渡が国土資源の合理的利用及び開発の趣旨を有することにかんがみ、自然的条件において開拓適地であるだけでは足らず、これを農業のため利用することが、国土資源の利用に関する総合的見地から適当と認められる場合でなければならないと規定し、開拓適地選定基準も林業との関係においては特に慎重を期し、林業振興上必要と認められる土地を列記してこれについては開拓適地に選ぶことができないものと定めており、本件買収処分もこれらの点を十分に考慮したうえをされたものである。そしてこのような慎重な配慮と手続を経て山林が買収され、これが広く社会経済上公共の福祉となるべき施策に用いられる場合は、右山林所有者はたとえ主観的にはこれを手放すことが忍び難いものであつても、これを受忍すべきことが社会生活上要求されるのである。したがつて本件買収により原告の造林思想が裏切られたとなすのは当を得ないし、また右の点が理解されれば、山林買収によつて一般の造林思想に悪影響を及ぼすこともありえない。

(5) 本件山林は地元民にかけがえのない便益を与えているものでもない。

原告が本件山林を造林する以前、本件山林の近傍の農地の水源が枯渇していた事実はなく、また現在本件山林が水源涵養林として特別の意義を有しているとは認められないので、本件山林を伐採しても近傍農地の水源に影響を及ぼすことはありえない。また従前より地元農民が本件山林を薪炭採取、採草のため特に欠くことのできないものとして利用して来た事実もない。これに対し本件山林の開拓計画においては薪炭林の存置がなされ、地元民は増反入植の機会が与えられるうえ、土地の開拓に伴い交通その他の好条件に恵まれることになるから、地元部落民においても開拓の推進を強く要望している。

(6) ひるがえつて本件山林の開拓に伴う利点をみるに、本件山林の買収は上北地区開発計画のため附近の土地とあわせて買収されたものであるが、右開発計画は次のような構想に立つものである。すなわち、従来北海道や東北地方の高冷地における開拓事業に随伴した諸種の困難にかんがみ、従来開墾不能ないしは開墾不適と考えられていたこれらの高冷地の開拓を成功させる方法として、新たに機械開墾を実施し、開墾後は酪農経営、主畜経営方式をとることとし、青森県上北地区をパイロツトフアームとしてすでに昭和三一年度を第一年度として機械開墾事業が着手せられたが、本件係争地はこの機械開墾地域五、五九四町歩の中に含まれる最も重要な地点で、昭和三二年度に開墾する予定となつていたものである。而して右機械開墾においては、農地開発機械公団の大トラクターによつて、深耕、整地した上土壌改良を行うのであるが、この作業は農家に配分した土地については一年で完了するから、従来農家が数年ないし十数年もかかつて造つた耕地と同程度のあるいはそれ以上のよい農地が直ちに造成され、入植者はすぐ生産をあげることができるし、また営農は、前記のように従来の穀類中心の方式をとらず、自然条件を考慮して酪農を主体とするから、この地方の気象的な制約にも耐えることができるのである。そしてこのような計画に基づいて本件山林を農業に利用する場合と、林業に利用する場合とを比較してみるに、前者の方が農家所得においても、労働力の収容量においても有利であり、他方本件山林の開拓は既存耕地の保全、農業経営になんら支障を来すものではない。また交通路線の不備がこの地方の開発を妨げており、道路の建設は、この地区の開拓計画の根幹をなしているのであるが、本件山林の開拓は、野辺地、乙供間幹線道路及びその支線建設上ぜひとも必要とされているのである。

もともと上北機械開墾地域の農家は、小規模経営のため軍馬の生産、北洋漁業等の出稼に依存するところが大きく、これによつて生活が維持されて来たものであるが、終戦とともに軍馬生産の必要がなくなり、また北洋漁業等の不振のため出稼も意にまかせない状況にあり、多くの者が入植を希望しているのであるから、可耕地の開拓により入植を可能ならしめ、農業所得を増大し、農民の生活の安定をはかる必要性はきわめて大きい。一方我国にはなお林業に適した広大な土地が未利用のまま残されているのであるから、林業のためには、かような土地の活用を図るべきであり、本件山林を強いて林業のために保存するということは得策でないといわなければならない。よつて本件山林は、その自然的、経済的、社会的、社会的条件からみて開拓に適し、これを農業のため利用することは、国土資源の利用に関する総合的見地から適当なものということができる。

(五)  本件買収対価が憲法第二九条第三項にいう「正当な補償」でないとの主張も理由がない。

(1) 原告は本件買収処分に対する訴願の際に、右の点を不服申立の理由としていない。したがつて、訴訟の段階においてあらたな主張をすることは訴願前置制度の趣旨に反し許されないものというべきである。

(2) 仮りにしからずとしても、右主張はすでに証拠調も相当程度進んだ第一〇回口頭弁論期日においてはじめてなされたものであるところ、右は原告の故意又は重大な過失により時機におくれて提出された攻撃方法で、これにより訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、右主張は民事訴訟法第一三九条により却下されるべきである。

(3) 仮りにしからずとしても、本件買収対価は憲法第二九条第三項の「正当な補償」に当ると解すべきである。すなわち、同条は、財産権は不可侵なものであるが、公共の福祉の要請があれば、正当の補償の下にこれを強制的に買収することができる旨定めているのであるから、右にいう「正当の補償」も公共の福祉優位の原則に立つて理解しなければならない。したがつて、「正当な補償」とは、強制買収を必要とする事業の目的、性質、及びこれに関連する他の事業との関係並びに被買収財産の経済的性質等諸般の事情を勘案して合理的に算定された相当な額を意味するものと解すべきである。殊に本件のような土地の場合、その評価は一般生産物とは異り、生産費を基礎とした客観的な価格計算は不可能であるし、他の取引事例をもつて、それが当該土地の価格であるということは、対等の関係に立つ民間の取引の場合なればともかく、公法的な土地取得の分野においては非合理的であり、また全国各地において公共事業を迅速円滑に実施するためには利害関係人との均衡保持をはからねばならないから、右のような相当補償説の考え方が妥当であるといわなければならない。

ところで、未墾地買収対価の算定方式は、農地法第五一条第一項、同法施行令第六条第一項、同附録第一に規定されているのであるが、右は相当補償説の立場に立ち、農地買収による自作農創設事業との関係その他の事情を総合的に考慮しつつ定めたものであるから、右算定方式に基づき算出された本件買収対価はまさに憲法第二九条第三項の「正当な補償」といわなければならない。

第四、証拠関係《省略》

理由

第一、当事者間に争いのない事実

一、別紙物件目録記載の第一の物件(第一物件)、同第二の物件(第二物件)がもと原告の所有であつたこと。青森県知事は、第一物件については昭和三一年五月二五日、第二物件については同年九月一〇日それぞれ農地法第四四条に基き買収処分をしたこと、原告は第一物件の買収処分に対しては同年七月一七日、第二物件の買収処分に対しては同年九月二九日それぞれ被告に対し訴願をし、右各買収処分の取り消しを求めたところ、被告は昭和三二年一二月二一日三一農地第四、九五七号をもつて、原告の各訴願を棄却するとの裁決をし、該裁決は昭和三三年二月五日原告に送達されたことはいずれも当事者間に争いがない。

第二  農地法第四四条の合憲性について

一、原告は、憲法第二九条第三項の「公共のために用いる」というのは、「公共の福祉のため」というよりは狭い観念であるから、買収した土地を特定の小作人に交付するが如きは公共のために用いるとはいい難く、農地法第四四条に基く未墾地買収は憲法第二九条第三項に違反すると主張すると主張する。

よつて判断するに、憲法第二九条第三項の「私有財産を公共のために用いる」というのは私有財産を社会事業、教育、学芸、交通、保健、衛生等の公共事業又は公益事業に直接用いる場合のみに限らず、広く社会経済上公共の利益となるべき特定の施策の実施のために私有財産を収用する場合をも含むものと解すべきである。なんとなれは、私有財産の強制的収用が前者の場合にのみ許されるというのは、私的所有権が絶対視され、きわめて限定された公共の目的にあてるために特定の財産を収用することが絶対に必要であると認められる特別の場合に限つて所有者の意思に反する収用がいわは必要悪として肯定された時代の思想であつて、所有権の絶対性を否定し、それが当然に社会的義務と負担を負うものであるとする思想に立つ日本国憲法の下における右規定の解釈としては、ひとり上記の如き限定された場合に限らず、いやしくも社会公共の利益と認められる目的を実現するために私有財産を収用することの必要性が背定される限り、正当な補償の下にかかる収用を行うことを可能としたものと解するのが相当であると考えられるからである。

ところで、農地法第四四条に規定する未墾地買収についてみるに、右買収の目的が開墾可能地の利用の促進をはかるとともに、その土地につき自作農を創設し、またはこれを既存の自作農に与え、その経営の安定を図り、もつて農業生産力の増進と農家の経済的社会的地位の向上を促進しようとするにあることは、農地法第一条、第四四条の規定からも明らかであり、このような未墾地の農地化と自作農の創設による農業生産力の増進と農民の経済的社会地位の向上が社会公共の利益であることは容易にこれを肯定しうるところであるから、かかる目的を実現するために未墾地の買収が必要とされる限り、それは憲法第二九条第三項にいわゆる公共のために私有財産を用いる場合に該当するものといわなければならない。

もつとも、買収された未墾地は特定の農民に売り渡されることとせられているから、その点だけをとりあげればあたかも右の売渡を受ける特定の農民の利益のために未墾地を買収するもののようにみえれども、その目的はあくまでも上記のような一般的な公共の利益にあるのであつて、この一般的利益は未墾地を買収して農民に売り渡すという個々の行為の集積によつてはじめて達せられることは自明であり、これらの者が売渡手続によつて受ける利益は、いわば右の目的遂行上の措置に伴う反射的利益にすぎないというべきであるから、かかる現象面のみをとらえて未墾地買収の公共性を否定し、これを憲法第二九条第三項に違反するとなすのは当を得た解釈ということはできない。よつて原告の上記主張は理由がない。

二、次に原告は、社会事情の変化にともない未墾地買収の公共性を裏付けていた緊急失業対策、食糧増産の国家的要請はもはや消滅したのに反し、木材の重要性はますます増大しつつあるから未墾地を買収することは公益性を欠くにいたつたというべきであり、農地法第四四条は今や憲法第二九条第三項に違反すると主張する。そこで考えるに、(証拠)によれば、敗戦により我国の工業は破壊され、同時に極度の食糧不足に直面し、一方復員将兵及び引揚者の帰還により失業救済の必要が増大していたところ、昭和二〇年一〇月三日G・H・Qから「復員将兵失業者群に職を与えるため公共事業案即時作成」の勧告があり、これに基き政府は同年一一月食糧供給、引揚者戦災者の失業対策を目的とする「緊急開拓事業実施要領」(閣議決定)を定め、直ちに実行に移したが、その目標は、五カ年間に一五五万町歩の開拓と一〇〇万戸の入植自作農の創設であり、米換算一、四〇〇万石の増産にあつた事実を認めることができ、この緊急開拓の実施は、いわゆる第一次農地改革に際会し、法制的には農地調整法の一部改正(昭和二〇年法律第六四号)によつて未墾地買収として規定され、その後翌昭和二一年いわゆる第二次農地改革に進展するにあたり農地調整法から分離して自作農創設特別措置法中に規定され、さらにこれが農地法(昭和二七年法律第二二九号)に引きつがれるに至つたものであることを考えると、少なくとも当初の未墾地買収においては、原告所論のとおり、終戦直後の食糧供給の増加と失業対策という目的がきわめて大きな比重を占めていたことは否定し難いところである。そして戦後の復興により終戦直後に比し食糧事情も漸次好転し、また鉱工業その他諸産業の発展とともに失業事情もいちじるしく緩和しつつあることは公知の事実であることを考えると、前記のような食糧増産と失業対策という目的は、前記農地法の制定ないし施行の当時においては、初期におけるそれの如き重要性を失うにいたつたと認めても、あながち不当ということはできないかもしれない。しかしこのことから直ちに未墾地買収の必要性が消滅したとなすのは短見のそしりをまぬかれない。すなわちまず、わが国が未だ安全な食糧自給力を有せず毎年多額の食糧を輸入していることは公知の事実であるから、この面において食糧増産の必要性はなおもつて解消するにいたつたものとは認め難い。原告は食糧は世界的に供給過多の傾向にあり、工業生産物の輸出のためにはその代償として外国から食糧を購入しなければならない事情にあるから、国内における食糧増産の必要性はないと主張するけれども、食糧の輸入が時として国際取引の条件に擬せられることはあれ、原告提出の全証拠によるも現在のわが国における食糧の輸入が国内生産物の輸出の代償としてのみ行われているものであることを認めることはできないし、一般的にいつて国内における食糧の自給力の確保は時勢の推移にかかわらず経済的社会的安定のためのひとつの重要な基礎的条件であると考えるのがむしろ常識であるから、食糧増産の目的が今日においては公益性を失うにいたつたとすることは合理的な根拠を欠くものといわなければならない。次に失業問題についてみても、この問題はひとり顕在的な失業人口のみでなく潜在的な失業人口をも当然考慮しなければならないのであつて、近時において農村における潜在失業人口すなわち農家の二、三男問題が農業経営に対する大きな圧迫となつており、その解決のためにも鉱工業部門への吸収のほか、可耕地の開墾により農地の拡大をはかつてこれをこれらの農家の二、三男に与え農地の細分化、農業経営の零細化を防ぐ必要があることが一般に論議されていることを考えても、右の意味における未墾地開発の必要性がなお存在していることを肯認せざるを得ないのである。のみならず、農地法がさきに見た如き緊急事態に即応するに発した未墾地買収の制度を今なお存続せしめている背後には、ひとり食糧増産や失業対策の目的のみならず、ひとつにはわが国農業経営の実態において零細農が多く、農家所得が他の業種に従事する者の所得にくらべて低位にあり、経済的な自立と安定において欠けるところがある点にかんがみ、農地面積の増加によつて一戸あたりの経営規模の拡大をはかり、もつて農民の経済的な安定と向上をはかる必要があるとし、またひとつには人口に比し比較的狭隘な面積しかない我国土において、その国土資源の全体としての利用の増進をはかることが至上命令であると考え、かかる見地からなお開発して農地とすることが可能であり、また適当である未墾地を可及的に開墾する必要があるとする考慮がひそんでいることは容易に推認しうるところであつて、かかる考慮ないし判断それ自体には十分な合理性があるというべきであるから、未墾地買収の目的とする農業生産力の増大や農民の経済的地位の安定及び社会的地位の向上は、今日においてもなお大きな公益性を有し、かかる公共目的のための未墾地買収の必要性を裏付けるに足りるものがあるとしなければならない。もつとも(証拠)を合わせると、我国は敗戦によつて朝鮮、台湾、樺太を失つた結果林野面積も四、六〇〇万町歩から二、五〇〇万町歩に減少し、木材の蓄積も九〇億石から六一億石に減少したといわれ、昭和三一年度の木材(用材)消費量は一億六千万石(素材材積)にのぼり、うち九〇〇万石を輸入に仰いでいるが、これは戦前の基準時(昭和九年ないし一一年)の消費量の二倍強にあたるものであり、一方木材の需要はたゆみなく上昇しており、さらに今後においても木材需要は相当増大し、昭和四四年には基準年次(昭和三一年から三三年)に対し、下限一、三七倍、上限一、四九倍となると推計せられていること、我国の森林は戦争までは大した過伐もなく一応植伐の均衡が保たれていたが、戦争目的の遂行、戦後の復興のため相当な過伐濫伐が行なわれ、現に我国の森林は未開発林を合わせても、用材林の年間生長量は一億一千三百万石(立木材積)程度にすぎないのであるから今直ちに未開発林の全面的な開発が行なわれたとしても相当な過伐は免れ難く、特に昭和五〇年前後が生産の端境期と予想されていること、また世界の森林資源は人口の増加とともに一般に減少の傾向にあるから、今後は外国からの輸入も楽観を許さぬようになるやもしれず、したがつて、国内森林資源の保護育成に努力すべき事情にあることを認めうるが、このことは直ちに森林資源の保護育成がすべての点において未墾地の開墾による農地面積の増大に優先しおよそ山林を買収して開墾の目的に供することはすべて公益に適合しないとの結論に導くものではない。森林の保護育成といい、未墾地の開発といい、いずれもそれ自体は公共の利益に資するものであり、憲法第二九条第三項に関する限りそこに必要とせられる公共性をみたすものというべきである。ただこの両者の要請が矛盾ないし競合する場合に、国政上そのいずれを優先せしめるやはいわゆる土地利用区分として本質的に政策の問題であり、従つてそれは本来政策決定機関としての立法府が自ら法律をもつて判断すべき事項であり、ひとたび立法府がこの点について決定を行い、又はその行つた決定を維持する以上は、それが全く合理的根拠を欠く恣意的なものでない限り、憲法の前記法条違反の問題を生ずる余地はなく、裁判所が憲法解釈の名においてこれに介入すべき事柄ではないのである。

のみならず、農地法は森林資源の保護育成という目的を全く無視し、未墾地開発を至上の目的と考えているわけでないことは、同法第四四条第二項において、買収しうる未墾地がひとりその自然的条件において開墾に適する土地であるばかりでなく、これを農業に利用することが国土資源の利用に関する総合的見地から適当であると認められるものでなければならないと定め、農地開発の目的と森林資源の保護育成の目的のいずれを優先しむるやは、それぞれの土地につき個別的具体的に国土資源の利用に関する総合的見地からこれを決定すべきものとしていることからも明らかであるから、右農地法第四四条の規定自体を原告主張のごとき理由によつて無効とすべき合理的な理由は全くないといわなければならない。よつて原告の右主張も採用し難い。

三、次に原告は、農地法第四四条第一項第一号は防風林として利用する必要がある土地を買収の対象としているが、防風林が必要ならば森林法に基く指定、施業方法の制限をすることによつて目的を達することができるのであるから、ことさらこれを買収することは、所有権の不当な剥奪であつて、憲法第二九条第三項に違反すると主張する。よつて判断するに、たしかに森林法第二五条によれば、農林大臣は風害や飛砂の防備のために必要があるときは森林を保安林として指定することができ、右指定された保安林の区域内においては同法第三四条により都道府県知事の許可を受けなければ立木を伐採し、立木を損傷する等の行為をすることができないとされているから、既存の山林を防風林としてそのままの状態において維持するためには、かかる保安林指定の措置をもつて十分であり、あえてこれを買収するというごとき強度の私権侵害手段をとる必要性はないと考えられるかもしれない。しかし、保安林としての指定の効果は、単に当該森林の現状を破壊する行為を禁止するという消極的な効果にとどまり、右森林の防風林としての効果を維持または増大するために積極的に植林その他の処置を講ずる義務までを森林所有者に負わせるわけのものではないから、特定の山林を買収してこれを防風林として必要とする耕作者に売り渡し、右耕作者をして右山林を防風林として維持育成せしめる必要がないとはいいきれないし、殊に農地法第四四条第一項第一号に掲げる防風林は、開発して農地とせらるべき特定の土地に対する関係において防風林としての役割を果すべき特定の小山林をも含み、さらに現に防風林としての機能を十分に持つていない土地であつても、植林等によつてかかる機能を果しうる土地をも含んでいるのであつて、これらの土地のすべてについて森林法による保安林の指定を受けることは必ずしも期待しえず、また可能でもないのであるから、なお防風林たるべき土地の買収の必要性は十分に認められるものといわなければならない。故に農地法第四四条による防風林にするための未墾地買収が憲法第二九条第三項に違反するとする原告の主張も採用できない。

第三  本件買収処分の適法性について

一、原告は、本件買収処分が違法である理由として、まず現在国は五五万町歩の売渡未済地を保有しているから、自作農の創設又はその経営の安定のためには、先ず右国有未墾地をもつてあてるべきであり、あらたに未墾地を買収すべき必要性はないと主張する。

しかし、たとえ国が売渡未済の未墾地を多数保有しているにせよ、右国有未墾地を売り渡すことによつて、農地法の目的をする我国における自作農の創設又はその経営の安定はすべてみたされ、自作農創設又はその経営の安定のためにもはや未墾地の買収は一切不必要となつたとみられるような特段の事情が認められない限り、あらたに未墾地を買収する必要性がないとはいいきれない。なるほど前掲(証拠)によれば、昭和三一年度において国は約五五万町歩(買収面積の約四〇パーセント)の広大な売渡未済地を保有していることが認められ、前記乙第七号証によれば昭和三二年度末においてもなお五二万町歩を存することがうかがわれるけれども右証拠によれば当初の開拓用地の取得が不用意であつたこと等のため、これら売渡未済地には相当量の開墾不適地を含むことが認められ、わが国における自作農の創設又はその経営の安定のためには、右の土地をもつてすれば十分であるということを認めるに足る的確な証拠はなく、かえつて現に本件山林を含む上北機械開墾地区、約四、六〇〇町歩のうちにはさきに国において開拓用地として取得し売渡未済となつた未墾地相当量が含まれていること、証拠上おのずから明らかであり、たんなる数字の比較だけから開拓の要否を決しがたいものがあることは明らかであるからあらたな未墾地買収の必要性がないという原告の主張は失当たるを免れない。

二、次に原告は、本件買収処分は農地法第四四条第一項第一号及び同条第二項の要件を欠くから違法であると主張するので、以下に原告の主張する違法事由につき、順を追つて検討する。

(一)  農地法施行令第四条及び「開拓適地選定基準」(昭和二八年八月一〇日付農林次官通達)の効力について

原告はまず右農地法施行令第四条及び「開拓適地選定基準」(昭和二八年農林次官通達)は林業の立場を不当に軽視しているから、憲法第二九条に違反するものであり、したがつて特定の土地が農地法第四四条第一項第一号にいう開発して農地とすることが適当な土地であるかどうかは右にかかわりなく決定せらるべきであると主張し、またこの場合山林については林業をやめさせて農地にすることが国土資源の利用に関する総合的見地からいちじるしく有利である場合に限つてこれを買収すべきものとするのが農地法第四四条第二項の正当な解釈であると主張する。よつて考えるに、農地法第四四条第二項は同第一項第一号の開発して農地することが適当な土地であるためには、傾斜、土地その他の条件が政令で定める基準に適合し、かつ、「これを農地等のために利用するのが国土資源の利用に関する総合的見地から適当である」と認められなければならないと定めているが、農地法施行令第四条は右規定の前段の部分を受けて、開墾適地たるべき自然的条件についての基準を定めたものであり、林業との関係はもつぱら農地法第四四条第二項後段の国土資源の利用に関する総合的見地から適当であるかどうかに関して問題となるのであるから、前記施行令第四条が林業に対する配慮を示さず、これとの調査を規定していないことは当然であり、この故をもつてそれが憲法第二九条に違反するものでないことは明らかである。

次に開拓適地選定基準は、農林次官が農林大臣の補助機関として、関係行政機関に対し農地法第四四条及び農地法施行令第四条、第五条の規定する基準の範囲内でこれを補足するとともに、権限行使の指針を与えたものにすぎないから、法規としての拘束力を有するわけではなく、したがつて右基準に適合したからといつて当該未墾地の買収が適法となるわけではなく、また逆にこれに適合しなかつたからといつて右買収が違法となるわけでもないのであるから、特に各基準の効力を云々する必要はないわけであるが、右基準の中には林業との関係に触れた部分があるので、山林については右基準に掲げたものについてのみこれを買収から除外すべきものとするのが正しいか、あるいは原告の主張するように、もつと広く林業をやめさせて農地とするのが国土資源の利用に関する総合的見地からいちじるしく有利である場合にのみ山林の買収が許されるものと解すべきかについて一言しておこう。思うにわが国において、未墾地の開発による農業生産力の増大と森林資源の保護育成の二つの要請がともに存在することはさきに述べたとおりであり、この二つの要請とさらに商工業用地、住宅用地等の宅地面積拡大の必然的要求や公共用地拡張の要求等を狭隘な国土の中においてはいかに調整してゆくかがわが国の当面する重要な課題であり、この問題の解決につき政策決定機関による科学的根拠に立つ賢明な判断がつよく要請せられていることはなにびとにも異論のないところであるが、すでに述べたように、農地法自体においては未墾地買収に関してこれらの相牴触する要求の間にいかなる基準によつて優劣先後の関係を決定すべきかにつき、特定的な基準を定めることなく、単に農地とすることが「国土資源の利用に関する総合的見地から適当であるか」どうかにより未墾地を買収すべきかどうかを決定すべきことを規定するにとどまつている。このことは、とりもなおさず、法律自体において抽象的一般的にかかる選択基準を定立することが困難であるためこれを避け、その実施にあたる行政庁において個々の場合につき当該土地自体の自然的条件やその土地の利用に関連する諸種の社会的条件についての厳密な科学的分析、究明の上に立ち、さらにひろく日本国土全体の社会的経済的条件をも勘案しつつ、右土地を農地として利用する方が他の目的に利用するよりも「国土資源の利用に関する総合的見地から適当である」かどうかを判断すべきものであるとした立法者の態度を示すものであつて、換言すれば法律は、特定土地についての右のような利用目的の選択を「国土資源の利用に関する総合的見地」からする行政庁の裁量的判断に委ねたものと解せられるのである。農地法が開墾適地の選択にあたつて、都道府県知事が単独でこれを決定することなく、各都道府県に置かれる都道区県開拓審議会の意見を聞かなければならないものとしているのも、知事による裁量的判断をできるだけ適正なものとしようとする立法者の配慮を示すものにほかならない。そしてこの場合、法律は、行政庁が右の裁量権を行使するにあたり、林業目的を農業目的より重んずべきであるとか、逆に後者より前者重んずべきであるというような一般的指示ないしは態度をどこにも示しておらないのであるから、したがつて農地法第四四条第二項の解釈としては、原告の主張するように林業をやめさせて農地とするのがいちじるしく有利である場合にのみ山林の買収が許されるものであるとか、(原告はかような解釈をとる根拠として、そのように解さないと農地法第四四条の規定自体が憲法違反となるというが、その然らざることはさきに説示したとおりである。)あるいは前記開拓適地選定基準に掲げられている山林以外の山林については常に買収が可能であるというような一般的結論を導き出すことはできないのであつて、要するに個々の土地につき行政庁のした選択、判断が当該土地の利用に関する諸般の事実関係に照らして十分な合理性をもつ限り、当該行政庁の処方は適法であり、逆に右の判断がかかる合理性を欠き明らかに不当と認められる場合にはその裁量権の行使を誤つたものとしてこれを違法としなければならないのである。

よつて以下においては、農地法第四四条第二項に関する上記のごとき解釈を前提としつつ、本件買収が果して右規定に違反するかどうかを検討することとする。

(二)  本件土地がその自然的条件において開墾適性を備えているかどうかについて

まず被買収地たる本件土地が、右農地法及び農地法施行令の規定する開拓適地の自然的条件に適合するか否かについて判断する。

前掲(証拠)によれば、本件土地(約二五七町二反)は、青森県上北郡甲地村の西隅に位置し、国鉄東北線干曳、野辺地間線路の東方に横たわり東西約一、二粁、南北約二、七粁のほぼ短形状をした台地地帯でその大部分は標高七〇ないし一二〇米、西に向つて五ないし一〇度の緩傾斜をなし、表土層の厚さは低い地点で六〇ないし八〇厘、土性は植壊土であること、本件土地の五月から九月までの月平均気温の平均は一八、三度であること、開拓適地選定基準にしたがい本件土地を級別すると、二級地が一二二町歩、三級地が九八町歩、四級地が三七町歩(右四級地は附帯地に予定されている)とされ、右二級地及び三級地二二〇町歩は、地形、土層の深さ、礫の含有、土性、土質などの点から周辺開拓地あるいは既存部落の土性に較べ優位にあり、耕地としての適格性の高い事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、本件土地は前記農地法及び同法施行令に定める基準に合格するものと認めるのが相当である。もつとも、右施行令所定の条件をみたすことは開墾適地たるべき要件ではあるけれども、かかる条件をみたす土地であつてもなお他の条件のいかんによつては開墾適地性を失うこともありうるというべきところ、原告は、本件土地は寒冷の地であり、やませのため数年に一度は冷害に見舞われ、冬から春にかけては西風が強いため種子が地上に止まることができず、また六千町歩にわたる広大な面積を機械開墾すれば、一滴の水なき荒野の状態に戻す結果になるから、本件土地で農業を営むことは不適当であると主張するので、さらにこの点について判断する、(証拠)によれば、本件土地周辺ではやませ風(偏東風)のため四、五年に一度は冷害に見舞われ、馬鈴薯、菜種、豆類、水稲など、三割近い減収となり、また秋から春にかけ北西の強い風が吹くこと、(証拠)によれば、本件上北郡地方は、かつて藩政時代には水源にとぼしい荒涼たる原野であつた事実をそれぞれ認めることができる。しかし、鑑定の結果によれば、本件土地において、気温、日照、降水量、風力の状況は農業上特に問題となるほどのものでなく、主として霜、雪及びやませ風に伴う温度等の気象条件の変化による影響が問題とされているところ、無霜期間は本件土地と同一気象条件とみられる隣接夫雑原において、年間一四四日で郡内近隣地域より二〇日ないし三〇日短かいから、この点は農業経営の方式に相当の影響を与えること、やませ風は、初夏から盛夏にかけて青森県地方に吹く偏東風で、特に同県の太平洋沿岸と陸奥湾沿岸の一部にいちじるしい現象であり、作物の生育期間中に気温や日照寡少をもたらし、これが長く続くと凶冷の原因になるのであるが、やませ風のすべてが低温をもたらすものではなく、そのうちの一部分は高温をもたらすこともあること、本件土地はやませ風の最多日数地域に属し、気温低下や日照減少の影響を受けていることは否定できないが、周辺において既に開拓が着手され、営農が進行している横浜村、六ケ所村及び甲地村の地域等に比してやませ風の影響は比較的弱く、気温、日照などの条件は周辺地区に比してむしろ有利にあること、やませ風や霜は作物によつてはかなりの被害を与え、その程度は地形(とくに高低)、傾斜方向、防風林の有無等によつて差がある外、生育初期における肥培管理や裁培品種の被害抵抗性もまた大きな関係を有していること、そして右のような気象条件、気象災害を考慮すると、本件土地において燕麦、ヒエは比較的安定した収量を見込むことができ、馬鈴薯、玉蜀黍、菜種はこれに準ずるが、水稲、大豆は不安定であること、一方実とりを目的としない牧草類、青刈り作物及び根菜類にとつては、冷涼寒冷な気象は大した制限因子ではなく、むしろ夏期の冷涼、湿潤な風土は牧草類の生育に好適であつて、本件土地周辺の開拓地における牧草類の収量も全国平均収量と比較し良好であるから、土壊の改良に意を用いれば、本件土地は牧草類の生産に必要かつ十分な自然的条件をもつものということができること、従来上北郡地方は、馬産と結びついた耕種農業が基本的な経営方式であり、豆類と雑殻が作付の中心をなしていたものであつて、かかる不安定な耕種農業と粗放な馬産とによつては結局農家経済を支えることができず、出稼等によりその収入を補つてきたが、本件土地の南東一粁の地点にある林田開拓地及び、本件土地の南に隣接し、土壊、気象条件のほぼ等しい第一大平地区にみられる如く、経営組織を耕種中心から養畜部門を中心とするといわゆる混同農業に切り替えることによつて、ほぼ安定した農業経営の実現が可能であること等の事実が認められ、(証拠)によれば、本件土地においても水道施設を設けることにより農家に必要な水を確保することも必ずしも不可能ではないとの事実が認められるから、結局本件土地においても従来の耕種農業の方式のみにとらわれることなく、酪農を中心とする混同農業を採用し、牧草収量の安定、地力の増進、殻作収量の安定、酪農収入の増大をはかることにより、農業経営は可能であるとの見とおしを得るものといわなければならない。前掲(証拠)中右認定に反する部分は採用しがたく、(証拠)によれば、昭和三五年一二月ごろにおいて北部上北機械開墾地区の入植者は防風林として払い下げられた県有林の代金を支払う余裕のないことが報ぜられているが、右事実のみをもつてしては前記認定を左右することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうだとすれば、本件土地は、その自然的条件においていちおう開墾適地たる条件をみたしているものといわなければならない。

(三)  本件土地を農業目的に利用することが適当かどうかについて

次に本件土地を農業のため利用することが国土資源の利用に関する総合的見地から適当であるかどうかについてみるに、この点については、本件土地の開発が国土資源の利用上いかなる利点をもつかという積極面と、これによりいかなる損失を生ずるかという消極面とをそれぞれ考察し、さらに本件買収の経緯に関する特殊事情をも考慮し、これらの事情を総合して果して本件買収を相当と認めた行政庁の判断が合理性を有するかどうかを判断する必要がある。よつて以下に順を追い右の点を検討する。

(A) 本件買収の積極面(上北地区機械開墾計画と右計画において本件土地が占める地位)

(1)(証拠)を合わせると次の事実を認めることができる。すなわち戦後わが国において実施せられた開拓事業においては、昭和二〇年から三〇年までの間において入植戸数一九、〇〇〇戸、うち離農したもの五三、〇〇〇戸で、しかも入植農家の営農状態は農業所得年三〇万円以下のものが八〇パーセントを占めるという必ずしも所期したほどの良好な結果を示しておらないため、政府は昭和三〇年に従来の開拓方式にひそむ欠陥の反省のうえに立ち、かつ、昭和二九年における世界銀行農業調査団の調査報告に基ついて、世界銀行から必要資金の借款を受け、機械開墾とあらたな営農方式とを採用し、これにより従来北海道や東北地方の冷害凶作地帯といわれる自然的条件にめぐまれない地方における未開発地域の開拓を促進しようとする新開拓計画を樹立した。右計画の大要は、あらたに農地開発機械公団を設立し、同公団より開発予定地の地方当局に開墾用機械の貸付けを行い、右地方当局において右機械を使用して機械開墾を実施し、これにより開墾についての著しいスピードアップをはかること、(入植農家一戸あたり面積の開墾を二年ないし三年で完了する)入植者の営農方式は開発予定地の自然的条件(土壌が不良火山灰性土壌又は泥炭土壌であり、気候冷害で冷害の危険が大きいことを等)にかんがみ主殻経営から主畜ないしは混同経営方式に改め、むしろ牧草作を中心とし、同時に入植者に対する一戸当り配分土地面積を大きくし、他方かなり豊富な営農資金を入植者に貸し付け安定した農業経営を可能ならしめようとするものであり、右計画のパイロットフアームとして、北海道根釧原野の「床丹第2地区」と青森、下北半島南部の「上北地区」とが選ばれた。この後者の上北地区機械開墾計画においては、昭和三一年度を第一年度とし、青森県上北郡野辺地町、横浜村、六ケ所村及び甲地村の四カ町村にわたる五九、〇〇〇町歩を上北農業未開発地区に指定し、未開発開拓適地約五、六〇〇町歩のうち四、六二〇町歩につき機械開墾を行うこととし、右機械開墾地区中傾斜一五度以内の土地約三、〇〇〇町歩を耕地、残除は防風林、薪炭備林、水源涵養林、防霧林等とし、入植者に対しては一戸あたり五町歩のほか約二町歩の付帯地を配分し、入植初年度において右配分耕地面積の全部の開墾を完了し、三年以内に住宅、畜舎等の建設を行い四年以内に主要家畜であるジヤージー種乳牛四頭、耕馬一頭、豚四頭、鶏二〇羽を導入し、五町歩の耕地においては牧草、馬鈴薯、大豆、なたね、大麦を配した輪作形態をとり、約七年をもつて上記のような実畜と殻作の混同経営方式を完成し、完成時における年間収入一戸あたり五〇万円ないし六〇万円を見込むものであり、昭和三一年度においては約六〇〇町歩を開墾し、一一六戸が入植し、昭和三二年度においては約八〇〇町歩を開墾し、一一五戸が入植、四〇三戸が増反し、昭和三三年においては約一、二〇〇町歩を開墾し、七二戸が入植、一、四九七戸が増反し、昭和三四年度においては約五六〇町歩の開墾を予定している。而して開拓地域にすでに入植した農家の営農状態をみると、本件土地の約十数粁東方にある芋ケ崎開拓地区においては開墾後三年目にあたる昭和三四年度において三七戸の入植者が平均収入は三九万円で当初の目標を上廻り、本件土地のすぐ東南方にある第三石文開拓地区においては、芋ケ崎地区より一戸あたり配分土地面積が少なく、また排根線の処理が困難等があつたため同地区より営農実積は同じく開墾二年目である昭和三四年度において平均収入二二、三万円であるが、本件山林の東隣の夫雑原開拓地区においては開拓二年目である昭和三四年度において一戸あたり約二〇万円の収入を挙げ、当初目標を上廻つている。このように、機械開墾による開拓による開拓地区における営農実績は地区により若干の凹凸がみられるが、ともかくも現在はなお計画の進行中であり、結果の最終的判定にはなお時期尚早であるが、酪農事業の進展に伴つて農家収入の増大も期待されており、所期の成果を挙げることも必ずしも不可能ではないとみられる。以上のように認定することができ、これを左右するに足る証拠はない。これによつてみれば、上北地区機械開墾計画は、それ自体としてはかなり進んだ未開地開発計画であり、これによる従来寒冷不能の地とされた東北地方のかなり広範な土地の開発その農地化は、国土資源の利用に関する総合的見地の上からいつても、かなり高く評価さるべき価値を有するものであることを認めなければならない。

(2) 次に(証拠)によると、本件土地二五七町二反四歩は、第二大平地区とよばれる開拓予定地区で、上北開発事業計画中甲地第一集団とよばれる開拓地区集団中野辺地町に最も近い北西端部分にあり、その開拓計画は、入植者予定地として耕地一二二町、薪炭備林一七町、採草地一八町、宅地五町、公共施設用地三反五畝、増反者用地として耕地五〇町、採草地四町、その他防風林、土砂流出防備林等三六町が予定され、新規入植者二五戸、増反者七九戸が見込まれていることが認められ、これを左右するに足る証拠はない。これによつてみれば、本件土地の開拓により約一七〇町歩の耕地を得ることができ、これによりあらたな入植者として二五戸、増反者として七九戸がその恩恵に浴することができ、後に記述するごとき消極面を考慮しない限りは、右の限度において、土地の利用ということではかなり大きな利益をもたらすものであることは否定することができない。しかし右の限度の利点を超えて、本件土地が上北機械開墾計画全体に対する関係において不可欠的地位を占め、本件土地の開墾なくしては右開墾計画自体に大きな障碍を与え、その計画の価値そのものをいちじるしく減少せしめるというような重要性をもつものであるかどうかについては、本件にあらわれたいかなる証拠によるもこれを肯定することができない。もつとも前掲(証拠)及び弁論の全趣旨によると、本件山林の開発計画において本件山林の東端にそつて野辺地、乙供開発幹線道路の設置が予定されている事実が認められるけれども右(証拠)によれば、右開発幹線道路は本件山林の東側にすでに開拓を終えて隣接する夫雑原開拓地区と本件山林との境界を走り、結局大平山林中を横切ることなく野辺地、乙供に通ずるものであることが認められ、右認定に反する証拠はないから、本件山林が上北未開発地区の主要道路、建設上必要不可欠なものは認め難い。また証人(証拠)は、開発計画と共に集約酪農地域建設計画をすすめることが予定されており、右地域に約七、〇〇〇頭の乳牛を飼い各農家から集荷した牛乳を中心工場に集め精製し安い牛乳を生産せんとするものであるから、本件土地が集約酪農地域から欠けることは、牛乳のコスト高を招き集約酪農地域の建設計画に打撃を与える旨証言するが、その具体的な資料に乏しいからその支障も比較的のものと解するほかないのみならず、鑑定人(省略)の鑑定の結果によれば、農家は牛乳を最寄りの集乳所に運搬するのみで、牛乳の処理、精製は雪印乳業等の民間会社がこれを担当することとされており、価格の決定については、県経連、単位農協及び会社の三者間で主として脂肪率を基準とした合理的な協議決定方式がとられている乳価は比較安的長期定的であることが認められるから、仮りに本件土地が集約酪農地域から脱落したとしても、牛乳を売却する他地域の農家にとつてはかくべつの支障とはならず、また前記価格決定方式からみても直ちに牛乳のコスト高を招くとはいい得ないから、これが集約酪農地域の建設計画に決定的な打撃を与えるものとはいい難い。のみならず証人(省略)の証言によれば、本件土地の開墾ができなくとも、隣接の夫雑原地区、第一大平地区に対し用水問題等の技術的な支障を生ずるおそれはなく、仮りになんらかの支障が起るとしても、それは別途な施策により解消しうることが認められるから本件土地が欠けても上北未開発地区の開墾にさしたる影響が及ぶものとはとうてい考えることができない。

(B) 本件買収の消極面(本件土地の山林としての価値及びその買収が与える影響)

原告は、本件山林は類まれなる試験林、経済林、特殊優良樹林であり、母樹林であり、母樹林の指定を受くべきものであり、またいづれも成長途上にあるから、これを失うことは国家経済的に大きな損失であり、本件買収は造林思想にも悪影響を及ぼすうえ、本件山林は地元民に多大の便益を与えているから総じてこれを開墾することは国土資源の利用上いちじるしく不利益であると主張する。

そこで右の点について順次検討しよう。

(1) 本件山林は、民間試験林としてかなり大きな価値をもつている。

(証拠)に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると次の諸事実を認めることができる。

(イ) 林学の研究、試験には地形の変化がなるべく少い、したがつて土壌気象などが同一条件の土地を選ぶ必要が存するのであるが、本件山林を含む大平山林一帯は、地形の変化が比較的少い点において国有林、民間林を通じ一流の試験適地であり、大学演習林にもこれほど地形のよい場所は見当らないといわれているのみならず、仮りに地形のよい場所があつたにしても、本件山林のように約二〇年生に達した各種の素質のよい森林があつて直ちに試験に着手しうる場所はきわめてまれである。アカマツは近来用途が広がり重要性が認められて来ているのに、大面積の人工林が少いため試験研究もそれ程多いとはいえない現状にあるが、大平山林には、アカマツの播種、一年生苗、二年生苗植栽の三種の人工林と天然更新林が大面積にわたつて存在し、アカマツの試験をするのに好適であるし、この地方は春から秋にかけてのやませ風、秋から春における西風が強く、また積雪も激しいから、これらの気象条件が森林に及ぼす影響を試験するにも適しており、寒害、霜害、乾燥害などの研究は類似の条件下にある他の地方の造林に貢献するところが少くないと考えられる。また大平山林は、森林が整備されていくにつれて環境がどのように変化していくかを研究するに、好適の場所であつて、たとえば多年の放牧や火入れによつて低下した地力が森林の成立によつて如何に変化していくか、防風や防雪の効果が森林が造成される過程において如何に変化するか、森林はどの程度水源涵養の役割をはたすか等の問題解明の資料を得ることができる。

(ロ) 本件買収処分当時、本件山林内で原告によつて行なわれていた試験のうち主なるものは、アカマツ造林法試験、カラマツ施肥試験、スギ施肥試験、アカマツ人工造林地の除間伐開期試験、スギ間伐試験等であるが、右試験の結果は本件山林と気象条件の似かよつている青森県内の狩場沢、国広、白砂、夏泊等にある原告所有の約一千町歩の山林に応用できるものであり、これらの試験は、一、二を除き試験設計方法もおおむね合理的と認められている。またアカマツ造林法試験は、播種造林と一年生苗造林(但し右一年生苗造林地は本件山林の外にある)二年生苗造林を比較し、最良の造林法を追求しようとするものであつて、昭和一三年原告が本件山林を購入した直後から開始され、昭和三二年でに多くの研究業績が発表されている。もつとも(省略)鑑定人は、アカマツ造林法試験においては右三造林地の調査標準地が同一条件でないということ、スギ間伐試験においては試験区の反覆がなく試験地の傾斜の不斉一という欠点があると指摘しているけれども、林業試験においては多くの単位面積を必要とし、かつ均一な土地条件の場はなかなか見出し難く、本件山林の如く地形の変化が比較的少い個所においてすら、同一条件の試験地を設定することは多くの困難をともなうものであるから、地況の若干の相違はある程度やむをえないものというべきであるし、仮りに右試験が厳密な比較試験といえぬとしても、右の如き立地条件の下において民間林業試験に先がけ一応の結論が出されたこと自体高く評価すべきであり、またこれらは利用方法のいかんによつては相当価値ある成果を期待することもでき、さらに類似の立地条件の場所において同目的の試験を行うことも可能であるから前記一、二の点をとらえて右試験の価値を否定することは妥当でない。なお、原告は本件買収処分当時本件山林において、アカマツ天然更新試験、アカマツ間伐試験、コバノヤマハンノキ造林試験、コバノヤマハンノキと他樹種との混植試験、アカマツの植栽本数の試験等の実施を計画していたが、本件買収処分のため中止のやむなきに至つた。しかし昭和三三年以降アカマツ間伐試験、アカマツ用材生産施業試験を実施している。また大平山林中買収除外地内には現にカラマツ産地別造林試験が行われているが、本件買収がなければ当然本件山林中に設定するはずのものであつた。

(ハ) 本件山林は、昭和一七年一一月原告会社野辺地出張所長高橋秋雄が日本林学会でアカマツ播種造林の試験結果を発表してから学会、林業界から注目されるようになり、営林署、林業試験場、府県庁、大学等からの見学者多く、青森県における代表的な試験林と目されており、わが国の専門学者らのみならず林学の権威である米国ニユーハンプシヤ大学客員教授B、ハツシユ博士も原告が実施している研究実績を高く評価し、民間会社がかかる研究に力を入れている点を賞讃している。

(ニ) 前記のように林業試験は多くの単位面積を必要とする上、試験対象となる木の種類も多く、また各種の木のかけ合せの試験も要求され、しかも同一試験区をいくつか設ける(いわゆる繰返しをする)ことが強調されているから、一つの試験に対して相当多くの面積が必要であり、また試験林の周囲には環境が変化しないよう環境維持のための保護地帯たるべき山林も残さなければならないから、本件のように各種の試験をするためには試験林として少くとも約五〇〇町歩の面積が必要と認められる。現に本件山林を含む大平山林(五一三町歩)全体は従来試験林として利用せられてきたが、昭和二五年大平山林の一部一二八町歩が買収された際(右買収の事実は当事者間に争いがない)残余の部分に試験林として存置の必要があり、また単独施業案を組み得る一団地であるとして買収から除外された事実がある。したがつて、大平山林のうち本件山林が買収されるならば、残余部分のみでは試験林としての価値の多くを失わせる結果となる。と認められる。

以上(イ)ないし(ハ)の事実を総合すると、本件山林は、試験林としてそれ自体かなり大きな価値をもつものであることが認められる。それに対し、被告は、原告が本件山林において行なつているような試験は国や地方公共団体においてはるかに広汎かつ徹底的にこれを行なつているから、本件山林を試験林として存置する必要性はないと主張するが、この点に関する鑑定人(省略)の鑑定の結果は直ちに採用し難く、他にこれを肯認するに足る証拠はないのみならず、前掲(証拠)によれば、林業振興のためには民間人による造林事業の促進が不可欠であるが、かかる民間人による造林事業においては相当の資本を擁する民間会社による造林が大きな比重を占めており、かかる民間造林のためにはそれぞれの目的からする林業試験の実施、殊に企業採算の立場に立つそれが必要かつ有益であり、たとえその試験内容の全部または一部が大学や国立公立の試験場におけるそれと重複するとしても、それはそれとして独自の価値をもつものであること、わが国においては従来このような民間試験林にきわめて乏しく、その点においても本件山林は民間試験林として貴重な存在であること、さらに民間試験林において実施される試験が前記大学や官公立の試験場においても当然にとりあげられるという保障はなく、したがつて仮に現在実施せられている試験自体に格別新奇なものはなくとも、将来においてかかる別個特別の試験が行われる可能性はかなりの程度において残されており、この意味からも民間試験林として適当な山林はなるべくそれを存置することが林業振興上望ましいことを認めることができるから、これによつてみれば、被告上記主張は本件山林の民間試験林としての特殊性を看過した議論としてとうてい採用することができないものといわなければならない。而して原告が試験林として本件山林に代替しうるほどの好条件を具備した山林を他に所有している事実についてはこれを認めるに足る証拠はないから、本件山林の買収は、民間試験林として貴重な存在を失わせ、ひとり原告の造林事業に大きな打撃を与えるのみならず、ひいては林業振興のうえにもかなりの影響を及ぼす可能性をもつものとしなければならない。(中略)他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2) 本件山林の買収は、造林思想に重大な影響を与えるおそれがある。(証拠)を合わせると次のように認めることができる。

(イ) 本件土地を含む大平山を原告が昭和一三年二月前所有者野村治三郎から買い受けた当時、右地上にはわずかのスギ、ヒノキ、サクラ、カラマツ等の天然林が現存するのみで、大部分は原野状態の荒涼たる丘陵であつたところ、原告会社では野辺地事業所初代所長故高橋秋雄が中心となり、自然の悪条件とたたかい長年の努力の結果今日、目をきわめる大樹海を完成させたもので、特にかかる寒冷不毛の土地におけるアカマツ播種造林の成功は画期的なものと評価せられた。そして右のような成林の経緯、アカマツ人工造林の成功及び、全国的にあまり類例のない有益な民間試験林という点で林業界においては著名な存在である本件山林の買収は、ひとり原告のみならず他の山林業者に対しても大きな打撃を与え、全国の山林所有者をもつて組織する中央林業懇話会は、昭和三三年五月七日農林大臣、青森県知事、仙台地方農地事務局長、林野庁長官、農林省農地局長らに対し陳情書を提出し、本件買収に反対するとともに、本件買収が彼等の造林に対する意欲を失わせることを訴えている。

(ロ) はじめ昭和二二年原告は隣郡狩場沢において社有造林約一二六町歩の未墾地買改を受けてこれに協力するとともに、県当局から爾後狩場沢山林については未墾地買収を行わない旨の覚書を得たところ、その後昭和二四年一二月頃あらたに大平山林を未墾地として買収する計画が進められているのを聞知した原告会社幹部は、右山林は試験林である等の理由をあげ、強くこれに反対し、結局開拓審議会において大平山林中一二八町歩は試験林にあまり影響がないとの理由で開拓適地と決定せられたが、残り五一三町歩は林業振興上価値ある試験林であり、単独施業案を組み得る一団地として確保することを担当とするとして買収から除外せられた。そのため原告は少なくとも右五一三町歩については再び買収されることはないと信じ、昭和二五年から三一年までの間五二八万四、七六七円(但し全国卸売物価指数を使用し、昭和三一年を一〇〇として換算したもの)を持じ、試験研究を継続し、昭和一三年以降昭和三一年まで本件山林に投下された資金は総額約一、四六三万円(大平山林全体に投下された合計三二七〇万九、九五九円(但し全国卸売物価指数を使用し、昭和三一年を一〇〇として換算したもの)を面積で按分する)にのぼるものと推定される。

以上のように認定することができ、これを覆えす証拠はない。右のように、寒冷不毛の土地における画期的なアカマツ播種造林の成功をみた山林として、林業界においては全国的に著名であり、また数少い好適の民間試験林として貴重な存在である本件山林の買収が民間の造林思想に対して重大な影響を与えるものであるとは明らかであり、また従来相当程度の造林地を国の開拓政策のため提供した上、その余はいつたん試験林として買収から除外され、その結果今後買収されることがないものと信じて相当多額の資金を投下して試験研究を継続している試験林の買収がひとり原告の信頼を裏切り、その熱意に重大な影響を与えるのみならず、他の民間造林家の造林意欲をいちじるしく冷却せしめるものであることも否定し難いところである。而して証人(省略)の証言によつて認めうる戦後わが国においては森林過伐の傾向にあり、一方山林の育成には多額の資金の投下と造林に対する長年月の熱意と努力を必要とするため、政府は造林補助金、政府資金による造林貸付けを行い、また造林技術の指導、相談等により造林を奨励し、造林思想の普及につとめている事実を背景において考えるときは、右の如く造林思想に大きな影響を与える山林の買収は、これに見合うだけの相当大きな公共の利益がない限り、国土資源利用に関する総合的見地からみて適当な措置であるとはなし難いものといわなければならない。

(3) 本件山林は地元農民の営農上種々の利益を与えている。

(証拠)を総合すると、次のように認めることができる。

(イ) 上北地方は四、五年に一回おそわれる冷害のため農作物はかなりの被害を受け、既存部落の農民は副業的収入なしには生計を維持することが困難であるところ、原告は千曳、下板橋、長者久保、夫雑原、湯沢、石文、中屋敷、中屋敷新田、一の渡等甲地村地内において大平山林に近接した地元民を随時造林、下刈、間伐、除伐、運材、警防等の労務に使用しており、地元民に支払つた労賃は、大平山林全体で、昭和二五年から三一年までの間合計八八三万九、四六一円(但し全国卸売物価指数に基き昭和三一年を一〇〇として換算)であるから、面積で按分すると、本件山林については昭和二五年から三一年まで平均年約六三万円と推定せられる。そして右山林が約三〇年生に達し、本格的な伐採期に入ればさらに多くの労働力を必要とするようになり、地元民に与える副業的収入も増大すると考えられる。

(ロ) 原告は大平山林の末木枝条、枯枝等を年間一千石ないし二千石無償で地元民多数に与えており、それらの地元民は右により自家消費の薪の約六割ないしは全部をまかなうことができる。また地元民の多くは本件山林において無償で採草をすることができ、一戸当り年間約一五〇貫の乾草を取得することができる。而してかつては大平山林の両側に隣接した国有林の中に地元民の薪炭委託林や県有分収林も存在したが、現在では右国有林、県有林も開拓のため伐採され、大平山林の東北側に存在している国有林までは二ないし四粁も離れているため、大平山林が地元民に対する主要な薪材の供給源をなしており、大平山林の隣接地夫雑原地区、豊ケ丘開拓地入植者も燃料に困窮し、昭和三四年一〇月一二名連名で原告に対し薪材の払下を懇請して来ている有様であることからみても、附近農民の薪炭供給源としての本件山林の価値にも無視し難いものがある(前認定のとおり開発計画によれば、本件土地には増反者用採草地として四町歩が予定されているが、増反者用の薪炭備林はなんら予定されていない)。

(ハ) かつて野村治三郎が本件土地に所有していた頃は、大平山中にもうけられた溜池の水によつて、大平山林の北西部に存在する湯沢部落の水田にかろうじて灌漑し得ていたものであるところ、原告がここに造林し、木が成長するにつれて、大平山林が自ら水源涵養の役割をはたすようになり右溜池によらないでも同部落二〇町歩余の水田を養い得るにいたつたものであるが、本件山林は大平山林の尾根の部分に当るから、本件買収によつて本件山林が伐採されるならば、右湯沢部落の水田の水源に支障を与え、湯沢部落五戸の農家の営農に影響を及ぼすことも予想される。また大平山林は湯沢の外さらにその北方下流に位する一の渡、中屋敷、南西にある千曳等にある水田数十町歩に対し水源涵養の役割をはたしており、昭和二五年の大平山林第一次未墾地買収にともなう開拓により右買収地区の南西にある右千曳地区の水の出がわるくなつている。

(ニ) 上北地方は秋から春にかけ強い北西風が、夏はやませ風が吹きまくるため、農耕や造林には防風林の存在が不可欠とされているところ、本件山林は、夫雑原開拓地区の農地、一の渡、湯沢部落の水田に対し、防風林の役割をはたしており、本件山林が伐採されると右地区特に夫雑原地区の営農に影響を及ぼす。

以上の事実を認めることができる。右事実によつて考えると、本件山林は地元民に対し特に採草、薪炭林、水源涵養林、防風林としてかなり重要な役割をはたしており、本件山林の買収は地元民の営農に支障を与えるものといわなけれならない。もつとも本件土地の開拓にあたつては営農に必要な薪炭、採草、水の確保や防風について十分の考慮が払われるであろうが、しかしそのためには水道施設や薪炭林、防風林の設置等本件山林から受けている営農上の利益に代る特別の措置が必要であり、それだけ本件買収は地元民の営農上にマイナスを生ぜしめるものであることは否定し難いところである。(中略)他に右の認定を左右する証拠はない。

(4)  なお、原告は、本件山林は開拓適地選定基準にいう特殊優良樹林であり、母樹林として指定さるべきものでもあると主張する。(証拠)を合わせると、開拓適地選定基準は、国民経済的観点から、天然林と人工林の如何を問わず、他にまれな林相や品種であるか又は特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつもの、もしくは利用上他にかけがえのない優良林を「特殊優良樹林」として開拓適地から除外したものであつて、右にいうまれな林相とは、たとえば秋田県男鹿地方のスギ天然林、木曾地方のヒノキ等、まれな品種とは宮崎県飫肥地方のトサグロ、京都の白杉等、特殊工芸用途があるためかけがえのないものとしては、岡山県御津郡の白樹林、会津のキリ、青森県八戸のウルシ等、利用上他にかけがえのないものとしては、飫肥地方のベンコウザイ等がこれに該当するものとされていることが明らかであるから、これらの基準への合否という観点から見た場合本件山林はいわゆる特殊優良樹林とはいい難いかも知れない。しかし証人(省略)の各証言によれば同証人ら学者、林業関係者間ではこの山林の価値を高く評価し、いわゆる甲地林の主産地としてそれ自体特殊優良樹林というに妨げないとするものもあることが明らかである。また(証拠)によれば、大平山林のうち本件山林外の約二五六町歩中に昭和三三年一〇月三〇日青森県知事が指定した四〇年生のアカマツ母樹林三〇八本が存在し、その中には同知事指定の精英樹数本が含まれていること、本件山林中にもアカマツ精英樹一本が存在するほか、前諸母樹林に匹適する如き林相を呈するアカマツ樹林部分の存することは明らかであるが、これによつて直ちに本件山林が将来母樹林に指定さるべきものであるかどうかの判定は困難である。しかし前記のように本件山林外とはいえ母樹林として指定されたものが同一山林中に存在し、精英樹が地内に存在する事実は本件山林が山林としてかなり優良なものであることを推認せしめるものということができるし、検証の結果と弁論の全趣旨とにより認むべき本件山林中造林にかかるものはおおむね約二〇年生で目下成長途上にあり、今後一〇年か最もその価値を増加する時期であること、当初から天然林として存した部分も環境の整備にともない見事な林相を呈し、また地内にアカマツの外スギ、コバノヤマハンノキ等の樹林の見るべきものが存すること等をあわせ考えると、本件山林は前記基準にいう特殊優良樹林ではないとしても、これに次ぐものであり、しかも今後の存続によつてその価値はいよいよ増加充実するものと解され、本件山林の買収に伴う伐採によつて相当程度国家経済上不利益な結果を生ずるものであることはこれを肯認することができる。

(5) 原告はまた、本件山林が経済林としての価値をもつと主張する。しかしこの点は鑑定の結果によれば、大平山林に関し公表された資料から判断する限り、原告の右山林に関する経済記録ないし経営分析は、普通林業家特に株式会社の経営する山林についての通常の記録ないし分析というべくこの程度の記録ならば全国各地の中小林業家もまた備えるものと期し得るほどのものと認められる。もつともこの程度の記録すら、未だかつて原告以外の民間林業家からこれが公表されたことについてはこれを認めるべき証拠がないところでは、その有する意義は決して没すべからざるものではあるけれども、これだけでは本件山林が特に経済林として社会的に特殊な地位を要求できるものとはいい難い。(中略)他に右認定を覆えし、本件山林につき原告主張のような経済林としての価値を認めるに足る証拠はない。

(6) 本件買収の経緯(青森県開拓審議会における審議経過)

(証拠)をあわせると、本件買収については、昭和三〇年一〇月二一日、同月二二日に開かれた青森県開拓審議会土地部会の第一回会議及び同年一一月二日に開かれた同部会第二回会議において買収すべきものである旨決議され、右決議の趣旨に則つて青森県知事により買収が決定されたものであるが、第一回会議においては、県当局側から未買収大平山林中一九七町歩を不適地として控除し、その残り二五七町歩の本件山林を買収適地として買収することの可否が議案として提出され、これをめぐつて委員の間に、右一九七町歩を不適地として除外した理由が不明であるからさらにこの部分についても適地かどうかを調査検討すべきであるとする意見、本件山林は試験林であるから買収するのが適当であるかどうか疑問であるとする意見、本件山林における試験の内容は必ずしも価値あるものではないから、試験林として存置する必要はないとする意見等が提出された結果、改めて審議会として本件山林の実地につき試験林としての価値および内容について全員をもつて特別調査を行うこととなつたこと、第二回の会議は右特別調査が行われたのちに開かれたものであるが、右会議においては、きわめて一部の委員を除いては、概して本件山林において行われている試験が国立ないしは県立試験において行われている試験にくらべて特に優れているということはなく、むしろ後者におけるそれよりも劣つているという意見が支配的であり、結局本件山林は開墾適地として買収するのが適当であるという結論になつたこと、右二回の会議においては原告会社も代表者の意見開陳を許され、また前記特別調査においても試験内容や大平山林の経歴についての説明をする機会を与えられたが、上記結論を左右するに至らなかつたこと、委員の多数が本件山林の試験林としての価値を右の如く評価した理由は、国立ないし県立の試験場における状態と比較して本件山林における試験林としての整備の状態が劣つており、右特別調査に際して試験場所や試験内容を表示する建札が建てられていたがそれらも右特別調査のため最近において建てられたものであると認められ、その試験内容も他に例のないものではないし現実に試験に供せられている土地はその面積において僅少で、それが本件山林の間に点在している程度にすぎないというにあること、他面において本件土地を含む上北地区機械開墾計画は国際的ないし国家的融資を受けるという点において県としてもまた県農民としてもこれを強力に推進する必要がきわめて大きいという観念が委員の間に強く存在しており、この目的のために相当優秀な造林地である国有林や県営林が大幅に開放され、また県民のうち小山林所有者の多くも右の開発計画のために自己所有の山林の開放に協力している実情に照らし、この際本件山林を買収から除外することは、右山林が大会社の所有林であるから除外されたものであるという不平不満をこれら開放に協力した小山林所有者に与え、開発計画そのものが順調に促進されなくなるおそれがあるとの懸念が委員の間に抱かれており、これらが相俟つて委員の多数をして本件山林の買収を相当とするとの結論に赴かしめたと考えられること。なお右第二回の会議においては、さきに大平山林の一部が買収された際に残余の本件山林を含む五〇〇町歩が試験林地として残された事実が一部の委員から指摘されたが委員会としては右事実に重きを置かず果してこのような事実が存在したかどうかについても格別調査を行わなかつたこと、右審議会における多数の意見は、ほぼそのまま青森県知事による本件山林の買収決定および農林大臣による本件訴願棄却裁決の基礎となつているものであることをそれぞれ認めることができ、他にこれを左右すべき証拠はない。

(D) 綜合的考察

そこで次に、以上(A)、(B)、(C)、において認定した事実に基づいて本件山林の買収が国土資源の利用に関する総合的見地からみて適当であるとした青森県知事および被告の判断が合理性をもつものであるかどうかを検討する。上北地区機械開墾計画が国際的援助の下に相当巨額の国家的支出に基づいて推進されている国家的事業であり、わが国の自然的条件に恵まれない青森県上北地方を開発し、相当数の酪農を主体とする農家を創設して従来十分に開発されていない地方における農業の発展にひとつの新生面を開こうとするその目的および内容において、右計画がそれ自体として国土資源の利用に関する総合的見地からも高く評価さるべきものであることはさきに認定したとおりである。しかしながら、このような計画自体の全体としての価値ないし必要性は、右計画遂行のためにする一切の未墾地の買収を相当とする理由となるものではないことはもとより当然であつて、右計画遂行のための買収の候補地とせられた特定の未墾地が農地以外の目的に利用せられることによつて公共の利益に資しているような場合には、これをかかる目的と開墾して農地とするという目的とのいずれに利用することが公共の見地からみてより有益であるかがさらに慎重に判断されなければならない。これを本件の場合についてみるに、国土資源の利用という見地からみた場合における本件山林の価値として何よりも重視すべき点は、本件山林がさきに認定したように数少ない民間試験林のなかでも特に優良なものであり、かつ、貴重な歴史をもつているということである。我国における森林の保護育成の必要性及び、かような森林の保護育成のためには民間の協力に俟つところが大きいことについてはすでに述べたが、このような事情の下においては、民間試験林のもつ価値は相当高く評価されなければならない。そしてこれに加うるに本件山林の買収によつて民間の造林思想に及ぼすべき上記認定の如き悪影響を考えるときは相当高度の必要性と緊急性がない限り、これを開墾して農地とする方が国土資源の利用上得策であるとする判断を合理的なものと認めることは困難であるとしなければならない。もし本件山林の買収に基づくいわゆる第二大平地区の開発計画が前記上北地区の開発計画が前記上北地区開発計画の枢要な部分を占め、本件山地を除外しては右計画自体の価値と効用がいちじるしく減ずるというのであれば、これを買収することを相当とするという判断も十分の合理性をもつということができるであろう。しかるに、本件土地は上北地区機械開墾計画において開発を予定されている約五、六〇〇町歩の約二二分の一の面積を有するにすぎず、これを欠くことによつて右計画に著しい支障や価値の減少をもたらすような特別の事由もみあたらないことはさきに指摘したとおりである。あるいは本件山林が買収から除外されることによつて、その余の開発予定地の買収が被買収者のより強力な抵抗にあい、当初の計画の順調な遂行に支障をきたすというようなことが一部には起りかねないかもしれない。しかしこのような事情は行政的指導のいかんによつて解消しえられないわけのものではなく、本件買収の適否を判断するに当つて本質的な要素となるものではない。本件山林の買収を適当とする行政庁側の判断において最も重要な役割を果したと思われるのは青森県開拓審議会における積極的意見であるが、右の意見は、前記(C)において認定した事実からも窺われるように、本件山林の「民間」試験林としての価値をほとんど無視し、本件山林の歴史についても、また本件山林の買収が造林思想に及ぼす影響についても格別の考慮を払つた形跡がないのみならず、本件山林の「試験林」としての価値についても、その内容について詳細な検討を加え、場合によつては林業専問家の意見をも十分に聞くというだけの慎重さを示したうえでこれを判断したといいうるようなものではなく、むしろ単なる外形および他の国立公立の試験場における試験内容との平面的、表面的な比較からのみその試験林としての価値を評価し、その結果これを過少に評価するに至つたものとも考えられるのである。これを要するに、本件にあらわれた証拠および事実から判断する限り、本件山林を開墾して農地とすることが国土資源の利用に関する総合的見地から適当であるとする右審議会、青森県知事および被告農林大臣の判断は、合理性をもつものと認めるに困難であり、結局行政庁に許された裁量権の正当な行使とすることはできないものといわなければならない。

第四、結論

以上の次第で、本件買収処分には農地法第四四条第一項および第二項の規定に違反する違法があり、これを正当として右処分に対する原告の訴願を棄却した被告の裁決もまた違法といわなければならない。

よつてその余の争点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 浅 沼  武

裁判官 中 村 治 朗

裁判官 時 岡  泰

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